就活と人生と音楽

今日は某出版社の試験でした

試験の序盤から「あ、コレもう無理だわ」と思っていたので、恐らく結果はボロボロだと思いますが、貴重な体験が出来たんじゃないかと思います

帰り際、生まれて初めて東京ドーム見られたしね

人、いっぱい居たよね

 

で、その足で知り合いのライブを観に行ってきました

 

もう割と長いこと聴いていて、知り合いで、友人で、インタビューや他にも少しだけ関わらせてもらったバンドのライブだったんですが、私はただただ純粋に一ファンとして、彼ら彼女らの音楽が大好きでたまらなくて、もはやDNAレベルで好きになるように仕組まれているんじゃないかな、って思ってしまう程に大好きで、だからこそめちゃくちゃ売れてもう簡単に手が届かないくらい遠くにいって欲しいと思ってます、売れてください

 

そのバンドの方と、終演後にお酒を片手にグダグダとお喋り

奇しくも今日、不本意な結果になってしまった(であろう)就活と、大好きなバンドのライブを観たことで、今後私は何になりたいのか、将来どうしたいのか、っていうのを改めて考えさせられた

 

私は、小・中・高と本当に興味のあることにしか情熱を注げなくて、しかもその興味関心の傾向は圧倒的なマイノリティに属していて、友達も少なくて、学校や生活で周囲の人との、また自分対自分との、世界との折り合いが上手くいかなくて、いつも孤独で、絶望ばかりが目の前にあるような、そんなちょっとだけ生き辛い人生を送ってきたような気がしていた

でも、いつも側には必死になって自分で掘り下げ探し求めた好きな音楽があった、ライブハウスに行けば、たくさんではないけれど、共感してくれる友人や顔見知りの人が居た

何よりも、大好きな音楽があることで、「この音楽があるから頑張ろう」というかなんというか……正しい表現かはわからないけれど、どこか音楽が心の拠り所になっていて、音楽に救われて生かされてきたように思う

いやな表現だけど、音楽が無ければ、死という選択肢を選んでいたかもしれない

だから私は、この二十数年にたくさんのものを与え支えてくれた音楽に対して、恩返しなんて大それたことは出来ないけれど、これからの数十年は、少しずつで良いから、自分の力や命を利用して還元していきたいなって思っていて

今後も世の中には、昔の私みたいに、どこか世界とのズレを感じて生き辛い思いをして、音楽を支えに生きてる若い子たちが多分、少なからずは居るんじゃないかな、って思う

だから、その子たちに、お金の問題とか、大人の事情とか、掛け値無しで純粋に良いって思える、さらっぴんの素敵な音楽を届けてあげたいし、与えてあげたい、音楽って凄いんだなって自分が感じて生きてこれたように、少しでも生きやすい環境を作ってあげたい

私は、美術をやっても、アパレルをやっても、文章をやっても、結局その起動源になるものは音楽というものと場で、どこにいても、どこに行っても、結局は音楽が好きである故の行動ということに帰結する

だから、いつも私は、素敵だって思える音楽を誰かに伝えるための最短距離を探してる

「私は好きな音楽のためなら身を粉にして働いても良い、社畜と呼ばれても構わない、お金を儲けたいんじゃなくて好きな音楽を側に置いておくためのお金が欲しいだけ、そのお金を稼ぐためにどういう仕事をしたいか、働くことは嫌いじゃないし、でもせっかく仕事をするんだったら、好きな仕事をしたい、そしてその自分の自由になるお金を音楽のために使いたい」

という言葉を伝えたら、音楽が好きな人の本来在るべき姿だね、と返された

甘い考えなのかもしれないけれど、私にはこれしか出来ないと思う

じゃあ、今やっている就活は、どういう基準で企業を選んでいるんだろう、ただただ就職したくて、在るべき理由が無い企業ばかりやみくもに受けていると気付いた

改めて考え直さないといけないと、ひしひしと感じた

 


ヤーチャイカ / 鏡よ、鏡【PV】 - YouTube